ギンイロノウタ(村田 紗耶香)

「ひかりのあしおと」と「ギンイロノウタ」の2作が収録されています。どちらも、村田さんの小説での必須の設定といえる「社会に適合できない女性」が主人公。
「ひかりのあしおと」は主人公は女子大生で、クラスメートには「岩」と呼ばれていて、うまく溶け込めていない。ところが、恋愛はうまくやっていけることになっている。ただし、一般的な意味でうまくやっていけているとは言えないかもしれない。今回気にすべきは母との関係。母は外見のかわいい天然型らしく、父親は主人公に興味がなく母親のことばかり気にしている。
「ギンイロノウタ」は、クラスに全く溶け込めていない女子高生が主人公で、熱血型教師に面倒な目にあわされたり、アニメ主人公の魔法の杖に見立てたステッキに依存した生活を送っている。こちらは母親とは軽い対立があって軽く脅かしたりしている。特筆すべきはコンビニでのアルバイト。村田さんの代表作「コンビニ人間」では、コンビニでの仕事は「30歳過ぎてもそんな仕事を続けるなんて愚か。」と位置付けて、それでもその仕事の中で本当の自分を見つける主人公がいたのですが、つまりそこではコンビニの仕事は世間的には軽い仕事とされているわけですが、この「ギンイロノウタ」の主人公は、コンビニの仕事でさえも全くうまくできない。
村田さんの小説では社会的不適合で変態じみた主人公はデフォルトなので、その変態ぶりにあまり気をとられてしまうと、どうも大事なところを見失いがちになる。村田さんの小説は「純文学」のジャンルですから、必ず何らかの文学的な意義を作者が込めている。そうした場合変態性は作者が,創作時に自分に課しているルールだろう。決して変態を追求しようとしているのではなく、何らかの表現を際立たせるためこの手段をとっていると思うのです。
ところで「純文学」とはどういう文学だ?AIに聞いてみると「娯楽性やストーリーの面白さ(エンタメ性)よりも、言葉の美しさ、表現の多彩さ、人間の内面描写など、芸術性を最優先した文学作品」というような答えが返ってくる。それはそうなのですが、読む前にそれは明確にされているわけではない。僕としては「それ専門の雑誌(文学界とか文藝という文芸誌です)にまず発表された小説」という基準で見ることにしています。その道の専門家である編集者が選んでいるわけですし、作者もその雑誌を選んで投稿するわけですから。
この2作では「女性と母親の関係」、「コンビニ的な」(で作者が代表させようとしている)軽い仕事と人間のかかわり、が気になる論点でした。
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