わたくし率 イン 歯-、または世界(川上 未映子)

いったい何を表現しようとしているのか。私の如き凡人にはつかみずらい。あたかも前衛芸術を鑑賞しているかのような感情。でも、全くついて行けない訳ではなくて、例えばピカソの抽象画を見ているような、理解はしていないのですが何か感情は揺さぶられている。例えばそのピカソでいうと「泣く女」という絵。「こんな絵(女性と思われる落書き風の方泣いておられるんじゃなかろうかという絵です。ご存じでしょうか。)を公表するのはアリか?そもそも、この絵は完成しているのですか?でもそうはいってもこれは何かの感情をここにぶつけてはいるのだろうということは伝わってますよ~。」という感じ。
まず、いきなりタイトルが前衛的。「わたくし率」って何だ。読み進めていくと「わたくし」と「私」とは使い分けているらしい。わたくしが形而上で私が形而下。そのどちらでもない形而中の「わたくし」というのもあるらしいけど、ややこしさの壮大なカオスが来そうなので形而中はちょっと横に置いておくとして、「わたくし」の本質的なものの率があって・・・(以下迷路へ)
またこの主人公は「脳ではなく歯でものを考えると決めた」そうで、(なぜそう決めたのか、とか、そう決めるとどうなるのか、は大変ややこしいので、この本を読んでみてください、と言わざるを得ません。)「イン歯-」っていうのは、(本質的な)わたくしの率、つまり脳ではなく歯で考えているわたくし、ということなのかな?!(ひょっとするとこれも何のことかわからないかもしれませんね)
それで、「わたくし率 イン 歯-」がこの主人公の思考世界というか本質で、結局それは主人公の世界であるわけでして、そんなこんながタイトルになっているのではありませんか?というのがわたくし(ここの”わたくし”は形而上の藤田)の意見。
幸いこの本は2026年現在550円で買えますし、半日くらいあればどうにか読めますし。何年かあとに読むしかない。白状しますとドストエフスキーのカラマーゾフもこの「何年かあとに読む」という作戦でどうにか自分なりに読めたのですし、カラマーゾフについては自分なりに読めたことについて意義深かったし、いつかこの前衛芸術風も理解できるだろう。
以上

