「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか(三宅 香帆)

このタイトルを見て「面白い話をするために、読書を生かす方法があるのかな、ぜひ知りたい。」と思ってこの本を手に取ると「求めてたものと違う。」となります。「あとがき」に「本書で紹介した批評の技術って、」という記述があり、この本はそういう本、つまり小説の批評の技術の本なのです。中公新書に「批評理論入門(廣野 由美子)」という本があって、「フランケンシュタイン」という小説をテキストにして小説の技巧と批評理論を丁寧に解説しているのですが、どちらかというとその本に近い。つまり、①小説からきちんと知識を得て自分なりに消化・批評する。→②そういう知識を沢山蓄積する。→③いつの日にか教養溢れる会話ができるようになる。→④つまりそれが「話が面白い人」である。ということです。
このタイトルを見ると、この本でいきなり④に到達できる、と思ってしまう方が多かろうな。
そうは言っても、つまらない本ではありません。それぞれの本を三宅先生流の捉え方で短く解説している。
しかし!!でもですねぇ、この本に書いてあることを心の底からその通りだ、と腹落ちするためには、この本に出てくるたくさんの本(巻末にブックリストがあります。)を読み、自分なりに消化したうえで、もう一度この本を読む必要があり、そこに到達する山はエベレストのように高い。著者はおそらくそこに気づいており、そこへの批判を軽く(本当に軽く)かわすために映画「国宝」の感想をまとめるよう「まえがき」で呼びかけ、「あとがき」で、軽く答えの見せ合いを行って、「さあ、ここに出てきた本でもやりましょう。」と誘っている。
前出の「批評理論入門」を読んだ際、私は「フランケンシュタイン」を読んでおらず、いつか「フランケンシュタイン」を読んだうえでこの本を再読すべきだ、と思いはしたものの、3年近く実現していない。たった1冊でもそういうことなので、この「話が面白い人」への道は果てしなく遠い。
たまたま「成瀬は天下を取りに行く」が題材になっている章があって、そこは腹落ちしました。三宅先生は「葛藤しない青春」というような表現をしておられた。これは私の「合理的な経済人」とニュアンスは同方向だと勝手に思っている。なんなら私の方が理解が深いんじゃなかろうか、まで思う。他の本も気になるけれど、「フランケンシュタイン」がまだ読めていないのだからそこまで行くのは難しいな。
以上


