衆院選後の高市政権の課題 中 「積極財政」の財源は不透明(3/4日本経済新聞 経済教室  諸富 徹:京都大学教授)

 タイトルからは「責任ある積極財政」を標榜する高市政権に対する批判なのかな?と思わせますが、少々違うようです。諸富先生はこれを「二面性」と表現していて1つ目はいわゆる今の日本の多くの方が好むケインジアン的な意味で「需要主導型の財政政策」。(正直これだけの内容だったら、全く興味がないです。)もう一つを「高市財政の第2の側面」と言っており、「政府投資による供給力強化」だそうです。そうそう、そうこなくてはわざわざ読む意味がない。

●その国にとって死活的に重要な産業分野を指定し、政府が率先してリスクをとって長期投資することで予見可能性を高め民間投資を促す。(これは近年の産業政策の世界的潮流と軌を一にする、のですって。本当かな?)

●これは、政府の役割の大転換を意味する。これまでは産業振興のため規制緩和や法人減税をすることが政府の役割(中略)政府が公的資金で長期投資するという手法に切り替わった。国家は「投資国家」としての相貌を帯びるようになった。

●民間に予見可能性を示すため「予算上、多年度で別枠で管理する仕組みを導入」

云々だそうで、これらは以前触れたWILL2026年3月号における会田卓司先生の「これが本当のサナエノミクス」でも論じられていた、「サプライサイドの強化」と整合的です。

 最後に諸田先生は「これらを考慮すると、市場から信任を取り付けつつ消費税減税を行う余地はないように思われる」と論じていて、そうするとおそらく高市総理は消費税減税はやりたくないけれど、そうはいっても選挙があるから「検討する」くらいは言わないとポイントが稼げないし、まぁ言った以上はやってる感じにしないとまずいので。と思いながら国民会議をやっているのではなかろうか。それとも少し位ならやっても平気なんじゃない?くらいは思っているかもしれない。(どっちでもいいですけど。)

 我々は消費税減税のおこぼれをいただこうなどというセコい期待は捨てて、自らの能力の向上に励むべきだろう。サプライサイド強化は現在の日本経済に対して正しいアプローチだとは思いますが、一方で所得格差を広げる方向に作用する可能性があるので、セコいおこぼれに期待して時間を無駄使いしないで、能力の向上に励むのが我々平民の正しい道だ。

 ところで、同じ日の日本経済新聞のオピニオン欄で同社論説委員の佐藤 賢さんが「高市時間のトランプ化」というタイトルで、高市総理がスピード感をもって国会運営しようとしていることに対して批判的な論説を開示され「タイパ重視の民主主義は危うい」と結論づけておられるが、諸富先生と比較して読まされるほうからすると相対的に時間の無駄な内容でタイパが悪い。(相対的です、あくまで相対的)

以上