1964年のジャイアント馬場(柳澤 健)

 私が高校生の頃、プロレスを少し生意気な視線で見るようになるきっかけは、直木賞作家 村松 友視先生の「私、プロレスの味方です。」(及びこれに続く三部作)という本でした。その頃はさすがにプロレスを本気の勝負だと思ってみている人はおらず、「八百長だ」という視線を皆さん投げかけていたわけです。

 ところがその「私、プロレスの味方です。」は(以下引用)「ルールとはあらかじめ定められた八百長であり、そしてプロレスはルールに最も重みをおかないジャンルである、ゆえに、プロレスは八百長からもっとも遠いジャンルである。ただし「八百長」というより「物語」が試合に生じることはある。こういうケースがプロレスとして最高級の試合だと思うのだが、試合が終わった瞬間に「物語」が浮かび上がるのである。つまり、結果から原因を想像し、その過程の展開を思いめぐらす楽しみが誕生するのだ。」と少々無理筋っぽい理論武装でプロレスをインテリジェンス高い高等な趣味だと強弁したのです。

 疑うことを知らない思春期の私は、この理論にすっかり取りつかれてしまった。その「私、プロレスの味方です。」はジャイアント馬場のライバルたるアントニオ猪木を持ち上げ、一方馬場さんには冷たい視線を注いでいた。

 確かに当時のジャイアント馬場さんは「アポ~」などとお笑い芸人の馬鹿にしたモノマネのネタになっており、時々全日本プロレスのリングに上がっては薄い胸板で「アポ~」と言いながら、カワズ掛けなる効いているのか効いていないのか、TVで見ている我々には判断のつかない技を繰り出したりしている、まぁ言ってしまえば決して尊敬の対象にはならない御仁だったわけです。

 ところがそれはとんでもない事実誤認。あのプロレスのメッカたるアメリカにおいてすべてのプロレスファンを引き付けてやまなかった栄光の時代を持つ男だったのです、このジャイアント馬場さんは。

 この本はなんと780ページにも及ぶ大作。しかもジャイアント馬場がアメリカでの栄光を引っ提げて日本に凱旋してきた1964年つまりタイトルなのですが、その物語にたどり着くまでにこれまたなんと500ページ以上を要する、つまりそれだけエピソードが満載の本であります。これだけのボリュームを息つく暇もなく一気に読んでしまうすごい文章。

 私にとってこの本を読み終えるのは確か5回目。それでも必ず興奮とともに読み終えてしまう。これほどリアリティのある物語がほかにあるだろうか。(まぁ、無いわけではありません。)

この本を読んだのちにYouTubeなどで探してみると最高潮期のジャイアント馬場さんの映像が見つかるのです。

 例えば

●16文キックという名で、馬場さんが持ち上げた足に、対戦相手が吸い寄せられるように当ってくるかの如き技があったのですが、全盛期では32文といって、馬場さんのジャンプ力によって全身が飛び上がり、両足のキックを相手に浴びせるという強力な技があったのです。

●立派な体つきのジャイアント馬場さんがすごい勢いでロープに飛び、またすごい勢いで戻ってくることを繰り返している。

などの映像を見ると、この本に書いてある馬場さんのご活躍の真実味があるわけです。

以上