危険な関係(ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ)

175通もの手紙で構成された書簡集が小説になっています。これが結構小さな文字で600頁近くあり、読み通すにはなかなかの根気が求めらます。実際には直接の行動や発言もあるところをすべて手紙で表現されておりその分想像が広がる面もある。
舞台は18世紀のフランスの貴族たちの社交界。裏表紙の記載がすべてを表しているので引用します。
「子爵を慕う清純な美少女と妖艶な貴婦人。幾つもの思想と密約が潜み、幾重にも絡まった運命の糸が、やがてすべてを悲劇へと導いていく。」
子爵が貞淑なご婦人を落とそうと巧妙な駆け引きを仕掛けますが、妖艶な貴婦人(若いころ子爵との関係があったようです)の示唆により美少女にも罠を仕掛けます。この頃のフランスはルイ14世とマリーアントワネットが断頭台で極刑に処された頃か。あまり呑気なことをしていると君たちもギロチン行きだぞ、と思いながら読み進む。
これは恋愛ではなく一種のゲームに近い。恋愛小説よりも信長の野望。その分、登場人物の駆け引きが濃厚(きっと駆け引きの成否を楽しんでいるのですね)。普通の恋愛小説でここまで駆け引きを始めたらサイコパス的キャラにせざるを得なくなるだろう。逆にこの濃厚な駆け引きを味わうのはこの舞台でなければ成立しない。そんなやり取りが対話ではなく手紙で繰り広げられるので、一つの事実に対する表現・アプローチが手紙の書き手によって異なるケースがある。これは「信頼できない語り手」の典型例である。つまり、今読んでいる文章は事実である保証がない。小説は文章から与えられる情報に基づく世界がすべてなのが原則なので、そこに書いてあることが信用できないとなると読み手としては何を信じればよいのか?!と困ったことになるのですが、あえてそこを活用し「この語り手はなぜ真実を変えているのか。」という疑問を立てて文章の背景に厚みを生じさせたりするテクニックです。「カズオイシグロ」さんがこのテクニックを多用すると思っていたのですが、なんと18世紀の小説家がこれほど多用しているのは驚き。
断固として関係を拒んでいたご婦人や、別のボーイフレンドに一途な美少女がいつの間にか子爵の手に落ちていくところはこの小説の読みどころ。しかし、全部を手紙として書面に残してしまっているところは少しだけ違和感。ずるいことをしている証拠を残してしまうわけですので。小説中でも手紙が証拠として名誉が気付つけられもしていますし。まぁ、でもこれはゲームだからその証拠も栄誉と考えていたのだろうか。
ところで社交界って何でしょうか。デビ婦人とか叶姉妹のような方々がドレスアップして夜毎に繰り広げるパーティー?

