夢見通りの人々(宮本 輝)

 このコラム(?)を読んでくださっている方から、是非読んでほしいと言って推薦いただいた本です。宮本輝先生の本は読んだことがないのですが、私が大学生のころのTVドラマに「青が散る」というものがあって、その原作者は宮本先生だったように思う。ただし、「青が散る」も熱心に見ていたわけではなくて、主題歌である松田聖子の「蒼いフォトグラフ」という曲が記憶に残っている、というくらいのものです。ところで「蒼いフォトグラフ」は「瞳はダイアモンド」のB面の曲でした。(ひっかりとかぁげのなかで~♪という松田聖子の独特の声が印象的)

 10章の短編からなる全277ページの文庫本なので、一つの短編で30ページ弱という結構短いものの集まり。それぞれに人間の強さ弱さのようなところで落ちがつけてあるので、トータルで結構濃密な読書体験ができます。いわゆる「連作集」というもので、例えば最近取り上げた「成瀬は天下を取りに行く」のように、それぞれの短編は共通点をもってつながっていきます。

 ただし「成瀬・・」のように一人の主人公はいないのですが、「夢見通り」という大阪の中心市街地を少し外れた架空の商店街を舞台にしてそれぞれの物語が展開される。先にも書いたように、短い物語ではありながら人間の強さ・弱さをとらえて落ちがつけられているので物語は濃密です。

 その中で最も印象的だったのは9章「波まくら」。愛知県にはこういう名前の和菓子がありますが、ここでは一切関係ない。この短編集に最も多く登場する「里見 春太」さんという方がいて、少々気が小さく詩作が趣味だけど誠実そうなキャラで周りからはそれなりに頼られている。もう一方精肉店の長男でやくざ上がりの「竜一」というキャラがいて、竜一が春太に入れ墨の消し方を相談したいから医者を紹介してくれないかと頼む。で、知人の医者を紹介しようとするのですが、どうも竜一が入れ墨を消すのはある女性と結婚するため。で、その女性は春太が思いをひそかに寄せる光子のようで・・・春太は竜一を裏切りかけるが、結局そうはならず・・・短い物語の中で心の揺れがうまく表現されていました。(一度破いてテープで貼った、みたいな感じ?!)

 竜一はヤクザ上がりだそうですが、この小説ではとてもやさしい。そこには何らかの物語の背景がありそうで、私としてはそこも掘り下げてほしかったけれど、そこに手を出すと短編集もしくは「夢見通り」の範囲では終わらなくなってしまうかな。

ところでこの9章「波まくら」の最後の光子さんのつぶやき「理由もなく裏切っても許されるのが女の特権だ」は、「今一瞬あなたが好きよ~、明日になれば分からないわ~♪」かな?

濃密な読書体験をありがとうございました。

以上