全文を読み切る『奥の細道』の豊かな世界(佐藤 勝明 先生)と大垣八幡神社

 6月に「奥の細道むすびの地 記念館」を訪れた際(上記リンクご参照)何らかの知識を得たうえで訪問すべきだった、と思いちょうどいい参考書がないかと探していると、なんとその「奥の細道むすびの地 記念館」に売っている本が一番私の求めているものに合っている感じがする。ということで、そちらにこの本を買うためだけにもう一度出かけて買ってきました。この本が奥の細道を知るために素晴らしい内容の本でした。

 上の図をご参照いただきたいのですが、

 ①芭蕉の訪れた場所の順に原文が掲げてある。

 ②その原文を痒い所に手が届く内容でバッチリ解説してある。読んだ感じでは大学(文学部)の授業の主要テキストとして十分耐えうるように思う。あとがきを読んでみると、NHKラジオ第二の「古典講読」という番組(1回45分で51回だそうです)を著者が担当した内容をまとめたもののようです。凄い。

 ③訪問先に関する写真も掲示してある。

以上の内容が上質紙・A5判でなんと税込み1,200円!直感的には3~5千円台が標準的な価格です。すべての大垣市及び奥の細道熱愛者に強く推奨します。こんな素晴らしい教養が1,200円で提供されているのですから、ぜひ読んでいただきたい。

内容を云々というのは野暮なことなので省略。

ところで「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という句があるのですが、これは奥の細道の山寺(山形県山形市山寺)での句なのですが、これについては

山寺や石にしみつく蝉の声

さびしさや岩にしみ込む蝉の声

などなど、いくつかの書物にバージョン違いのものが多く残されているようで、これは「推敲の努力を怠らず、満足すべき表現を探し続けたからこそ、生まれた句」だそうで芭蕉は「句整はずんば,舌頭に千転せよ。」と弟子に語っており、つまり千回でも舌の先で転がしてみよ、つまり気に入るまで直せということだそうで、私が好んでいる作家の西村賢太さんの小説作法にちょっと似ていて妙な二人に共通点があるなと感服しました。

 西村さんは一見無頼漢なのですが、結構しつこく推敲するようでこの二人の作法が似ているのは私にとって感慨深い。

最後にどうでもいい話・・・

奥の細道の中で芭蕉先生の自称が「予」になっていますが、これはプロレスラーのグレート-O-カーンが「余」といっているのを連想しますね。どちらも歴史的な感じの「自称」ですが「予」は作家とか教養が背景にあって、「余」は権力者の自称のようです。O-カーンは「UNITED EMPIRE 」というユニットのリーダーで皇帝ということになっているから「余」。ただ最近は泥仕合風な流れが長く継続していてO-カーンは「余」とも言ってられない感じですが、アメリカから帰ってきたウイル-オスプレイが仲間に復帰したようだ。乱世が正常化するのはいつだろうか。

折角、大垣中心市街地の文化に触れにきて本を買うだけでは惜しいので、その近くの由緒正しき大垣八幡神社に参拝しました。境内に記されている文書によると奈良時代(このころの大垣は奈良の東大寺の荘園だったそうで、その縁で神社を招いていた由)にまでその縁はさかのぼるそうです。

以上