桃色浄土(坂東 真砂子)

坂東真砂子さんというと私がミステリー小説を熱心に読んでいた頃(20世紀終盤)に「山姥」で直木賞を受賞したり、「死国」「狗神」といったホラー映画の原作になったりした記憶が強い。結果として「ホラー」のイメージが強くなっていると思うのですが、それが坂東さんの小説家としてのキャリアにプラスであったかどうかはわからない。
この「桃色浄土」は典型的なホラー小説ではない。坂東さんの出身である高知県で、おそらく明治~大正を時代背景として漁村を舞台にしたミステリー小説に区分されるべき小説だ。だからといって「坂東さんの得意なホラーではないからなぁ」と避ける読者がいれば残念。(これが「ホラー」のイメージのデメリット)
ヒロインと漁村に現れた異国人(イタリア人のようです)の恋愛に、土佐の漁村の土俗文化の醜さが関与して物語が展開していく。この過程で最も注目すべきは、土俗小説にはよく出てくる「わらべ歌」である。わらべ歌は郷土の特色とか子供の純真さなどのアナロジーとして使いやすい。一方、詩文そのものからは意味が明瞭・単一でない場合が多くストーリーのサジェスチョンとして使いやすい。結果としてこれをアナロジーに活用した小説は多いのですが「桃色浄土」もその一つ。といいますか、この小説の最大のポイントは序盤で提示されるわらべ歌のサジェスチョンが終盤に一気に回収されていくところだろう。
よく「拳銃が出てきたら必ず誰かが撃たれなければならない。(チェーホフの銃)」という事が小説の原則として言われるけれども、わらべ歌をミステリー小説に出す以上それはストーリーのサジェスチョンでなければならないとも言える。
そうすると、この小説で気になったのは、序盤でヒロインに懸想している準主役が気持ちの証として土俗的に定番になっているプレゼントを贈るのだけど、それが再登場しないまま終わってしまったこと。序盤の段階では懸想とは判断しきれず、メインの恋愛ストーリーになる可能性があったので、プレゼントの段階で「これがどう扱われるかが問題だな?!」と思ってしまい、まぁ、結局ヒロインの気持ちを引けそうにないなと分かった時点でプレゼントの行方などはどうでもよくなるのですが、「わざわざプレゼントを渡したのだから、それは最後まで面倒見てあげてよ~。」と思ってしまう。
ところで、この時代の日本って個々人の活動範囲が小さい分、関係が重くて悲劇にしやすいね。近所づきあいしかり、恋愛・結婚しかり。思い入れや他人の関与が強すぎるんだね、きっと。僕の近所では転入者が町内会に入らないとか、若い方たちは結婚式をしないまま結婚するとか。でもその方が楽だしうまくいく可能性も大きいのでしょうね。3人の男性登場者がいるけれど、現在のそういった軽さの文化の中だったら破滅しないで済んだでしょうね。
以上

